Time waits for no one

 はじめて買った輸入盤のLPレコードを自慢したいとおもいます。

中二のときでしたか、たしかヤオハン、あれっ西友だっけかな、どっちかにあった新星堂です。セール品ワゴンに並べられた中にあったこのレコードジャケット、どこかいかがわしい感じに惹かれ、ほぼ衝動的に買ってしまいました。

rolling_stones_1975



ほんとはビートルズを買いにいったのに、購入しちゃったのがこのローリングストーンズのレコードなんです。おいおい、それのどこが自慢するような話なのと思われるかもしれませんが、当時ローリングストーンズを聴くにはかなりの勇気が必要だったんですよ。というのは、その頃わたしたちの世代は、ビートルズ第二世代とかいわれ、中学生の間では現役のペイシティローラーズやクイーン、ウィングス、ツェッペリン、ディープパープルなどと共に、解散して5、6年経っているビートルズが流行っていました。もちろん流行に敏感なわたしも好きだったんですが、同時に流行に逆らいたい気持ちもあったりしましたから、それは今でも変わりません。
さて、明るく健全でメジャーなビートルズの「優等生」というイメージに対して、ローリングストーンズはダークで退廃的でマイナーな「不良」というイメージがそのころは定着していたみたいです。実際わたしの同級生の間では全く人気がありませんでした。「うるさいだけの音楽」などと言う友人もいました。さらにストーンズは学校でも禁じられていました。清水第一中学校の当時の生徒手帳には『靴下のラインは2本まで』とか『男女の交際は健全に』などといった校則にまじって『ローリング・ストーンズのレコードを聴いてはいけない』とたしか書かれてあったと思います。その頃はまだ体罰というものが一般的でしたから、校則をちょっとでも破ると教師から殴る蹴るの暴力を受けるのは必至であって、中二のわたしは相当の覚悟をもってストーンズのレコードを買ったわけです。
どうです?自慢できるような勇気ある行動でしょう?


its_only_rocknroll


初めての輸入盤はどうだったのかというと、封をきり、わたしはその無造作なつくりにびっくりしました。日本語の解説はもちろんなく、歌詞さえ付いていないじゃありませんか。それに、当たり前ですが全部英語で歌っています。中二のわたしに歌詞を聞き取ることなどできるわけがなく、ただ曲名を辞書を繰りつつ、曲の内容を想像するのでした。A面のラストに『Time waits for no one』という曲があります。日本語でいうことわざの「歳月人を待たず」ですね。この人たちは「不良」なのにことわざを曲名にするなんて不良っぽくないなぁ、なんて中二ながらに思いました。でも「rolling stones」というバンド名だって英語のことわざだと英和辞書から知り、なんだか不思議な感じがしました。「不良っぽい」の意味がわからなくなったといいましょうか。

三十数年後、清水に帰ってきてこのLPをみつけ、あの頃の、多感で未熟で傷つきやすくて小心者だった自分を思い出し、うーん、おっさんになった今もたいして変わんないかぁなどと思ったり、思わなかったり、します。


このレコードを店内で聴きながらお店の様子を動画で撮影してみました。お店の様子や取扱い商品がわかると思います。ちょっとカメラの調子が悪いのでときどき勝手に白黒になったりへんなノイズがはいったりします。「うるさい音楽」がダメな方はやめたほうが良いです。音質はアナログレコードをデジカメで録ってるからやはり良くないと思います。




Time waits for no one (the Rolling Stones「it's only rock'n roll」





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ではでは、どうぞよろしくお願いいたします。


オレのマシーン

シンガー工業用ミシン



 今夜はわたしのマシーンを自慢させていただきます。わたしのマシーンというのは実はソーイング・マシーンのことであって、カンキのマシーンのようなかっこいい乗り物ではありません。日本語では普通ミシンといいますね。なぜソーイング・マシーンのことをミシンというのかって、それは1854年にペリーさんがこのマシーンを将軍家に贈ったときの謂れかなにかがあるんでしょう。推測ですが、
「ペリーさんの使いで江戸城にミシンを運んだアメリカの若い水兵さん、将軍家の通訳にこれは何かと尋ねられ、とっさに"machine"と答えた。通訳はまだmachineという単語の発音を知らなかった(彼はマチーネと発音していた)ので、聞こえたまま「ミシィンでございます」とそれを将軍家の偉い人(たぶん家臣)に伝えた。「ほう、ミシンというのか。...で、何をするものか?」と偉い人が通訳をとおして訊くと、水兵さんは"sewing"と答え、通訳は「針仕事でございます」と訳した。「そうか、針仕事をするからくりのことをミシンというのだな。そうかそうか」と偉い人はまたひとつ偉くなった気がし、そうだこのミシンのことを街のあちこちにしゃべりまくってオレの偉さをひけらかしてやろうと思った。」というのが、ミシンの語源のひとつの説です。
水兵さんがsewingを敢えて略したのかというとそういうわけではなく、この頃のアメリカの一般家庭では身近にあるmachineといえばこの縫製機械のことで、他にmachineと呼ぶような物は無かったんじゃないですかね。だから若い水兵さんは何かと訊かれて自然にミシィンと答えちゃったんじゃないでしょうか。ちょうどシンガー社のミシンが米国中に一気に売り出される時代のようですしね。
ちなみに1851年のミシンの絵→Singer Sewing Machine 1851(Wiki)
ついでに→シンガー社の歴史



シンガー足踏みミシン



 いやいや、苦労しましたよ。なにしろ取説も設計図面もありませんからね。モデルナンバーも知りません。わかっているのは昭和初期のものだということだけ。まず、分解してミシンってなぁどういう仕組みなってるんだろう?なんてところからはじめました。ちゃんと動くまでどれほど整備っていうか、調整したか。ってこれが楽しかったんだよなぁ。だから『苦労』じゃないのかもね。

シンガーミシン6



 一旦分解したら元に戻せなくなった上糸調子部分です。
 これ必要なの?って思ったりした部品があったけど、よくわからんがきっと必要なんだろうなぁとか思いながらもなんとか元通り組み立てたみたい。たぶん。
 糸のかけ方もわかんなかったなぁ...。今も正しいのかどうか知りません。

シンガーアンティーク足踏みミシン大車輪


 この車輪の大きさがパワーの基。カンキのバイクにも勝てるかも。って人力のエコパワーだけどね。14ozデニム9枚重ねもすいすい縫えます。ぶ厚い革だっていけちゃいます。ってことはジーンズとレザーのパッチワークみたいのもできるはず。いつかはきっと...。

ミシン内部



針は軸の太い#24だって使えます。このメカニズムがたまらん。この動きがとってもたくましくて好き。



シンガーミシン4


さてさて、試行錯誤の連続で〜す。


以上、わたしのマシーン自慢でしたぁ。どうもすいませーん。


栗林デンキの道具自慢『ブラシ系丙種』

 ご好評のようなので当店の道具自慢の続編として、今回はブラシ系丙種を大いに自慢したいとおもいます。まぁ『ご好評』などといっても直接的になにかしらの賛辞をいただいたというわけじゃなくてですね、いままでは一日あたりせいぜい3件くらいしかアクセスがなかった当店のブログが、道具自慢をはじめたとたん急激にアクセス数が増えたんです。その数なんと、一日あたり、なんと、9アクセスにもなったんです。たったひとつのブログ記事で読者が3倍ですよ。すごい倍率です。これはつまりどういうことかというと、栗林デンキの道具自慢を10回記事にすれば、読者が3の10乗倍になるのではないかということです。もちろんこれは一般的な法則ではありませんし、何の根拠もないのですが、ただ、私はこの法則を信じたい。それだけです。3の10乗といえば、すごい数字になりますからね。私の勝手な計算によれば、道具自慢を17回記事にすればほぼ日本の総人口にあたるアクセス数になるのです。アクセス激増となれば当然ながら栗林デンキの売り上げも飛躍的に伸びるでしょう。伸びるはずです。ですからやはり、道具自慢はしなければなりません。
 さて、今回の道具はブラシなのですが、もともとは外来語ですね。「ブラッシングする」とか「ブラシをかける」とか、日本語では、道具+動詞として使われているのですが、ブラシを使った所為を表す日本語がみあたらないんですよ。たとえば「髪を梳かす」「歯を磨く」「床を磨く」「服の埃を掃う」「毛並みを揃える」「埃を払い落とす」などいうように、ブラシを使うにもたいてい目的によって動詞が変わってくるわけです。おそらくブラシというものは明治期にデッキブラシや歯ブラシ、ヘアーブラシ、なんてのが輸入されてそのまま日本語として定着したんじゃないかなぁ。専門家じゃないのでよくわかりませんが。英語では絵筆や毛筆も刷毛のこともbrushといいますね。そしてその道具がそのまま動詞となっています。日本語では刷毛は幅広のペンキ塗りや壁紙貼り用の糊刷毛、筆は先が細い絵筆や書道の筆、といった具合に目的や形状によって使い分けられます。といっても刷毛というのも黒船ペリーがペンキを日本に持ち込んだから広がったようです。またもやペリーか...。


道具ブラシ系



 というわけで、私の道具自慢ブラシ丙種です。これらはまぁ、レザー系のクリーニングやメンテナンスに使っています。革製品はとてもデリケートですから、どうしてもメンテナンスがめんどーなんすよ。って、これからこのブログの本筋、つまり当店の売り上げアップ、商品紹介に繋げなければならないのですが、実は、ものすごく良い感じのビンテージレザーアイテムが入荷しておりましてですね、ひとつひとつ丁寧にクリーンナップして汚れを落として磨き上げたんです。もうリユースは不可能じゃないかというほどに古いバッグやベルト、ブーツなど、完全に仕上げました。誇張ではなく、なかにはメンテに5時間以上もかけたものもございます。どうか、私の仕事を見てやってください。


ビンテージレザーバッグ

 使い込むほどに味が出てくる、この質感がたまりません。上質レザーならではの、まさにこれこそビンテージレザーという代物です。金属部分も磨き上げ、内部も完璧に清浄しました。私のメンテした商品をみていただける方は→シロネコブログ『レザーアイテム』

 あ、それからちきりやさんの三月展の注文締め切りは明日となっております。どうぞヨロシク→ちきりや『2010年三月展』

栗林デンキの道具自慢(はさむ系1)

 さてさて、おひさしぶりです。十日ほど前、無事リニューアルオープンを果した栗林デンキです。いやぁ、実は私、来客数の少なさに昂奮して夜も寝つけないほどなのです。まままぁ、雨が続いている影響もあるでしょうし、景気のアレもあることでございましょう。しかしながら、期待に反するこの来店客数の少なさを、私は、理解できない。私は、どうしても、どうしても、受け入れることができない。納得できない。...できれば、なかったことにしたい。できることなら栗林デンキのリニューアルオープンは4月29日でーす!とか言ってこれまでのデータをそっくり入れ替えてしまいたいです。というのも、栗林デンキはすごい店だという自負があるからであります。ホントです。外装はさておき、こつこつ仕上げた内装、これが実はすごいんですよ。こんな店いままで見たこと無いって誰もが思うことでしょう。まだまだこれから手を加えていきますが、いまのままでもホントすごいです。商品的にもナニコレマジヤバイって商品がいっぱいです。古着屋歴14年の私が自信をもってはっきりと言います。東京で観光客相手に古着売ってる店の約60倍ほど濃い内容の商品が豊富にあります。っといってもよくわかりませんね。空間的にいうと東京ドーム7個分、時間的にいうと天正2年から平成2年まで、ビタミン的にいうとレモン約7000個分のCをもった店だといっても過言では無い。なんていってもこれでもよくわかりませんね。っていうか、よけいにわけがわかりません。早く店内の写真を見せやがれって思うかもしれませんが、なるべくお店に来て欲しいと思うので写真はアップしません。ところで、今夜は私のお気に入りの道具たちを紹介させていただきます。そんなもんよりはよー商品紹介せいやって思うかもしれませんが、私は幼い頃より、なにか事をはじめるときは何よりも道具が先と思い込んでしまう性質でして、たとえばサッカーを始めた頃はルールを知るよりもまずはシューズとボールの入手ルートを確保することに専心し、テニスを始めた頃はとりあえずは有名ブランドのラケット、ゴルフを始めた頃はまずクラブと有名キャディさん、スノボの時はプロが使うのと同じボード、というように、私はそんな風にまず道具を取り揃える事からはじめ、道具にこだわり、そのくせ練習を怠り、そうしてぜんぜん身につかず、どれもこれも初心者のままやめてしまいました。ってダメじゃん!



シンガーミシン付属工具

アメリカシンガー社の足踏みミシン付属の道具。大正時代のものだそうです。(シンガー社とは?『シンガー(英: Singer Corporation)は、ミシン製造会社。1851年、アイザック・メリット・シンガーがニューヨークの法律家エドワード・C・クラークと共に I.M. Singer & Co. として創業した。1865年に Singer Manufacturing Company に改称、1963年に The Singer Company に改称した。元々は全ての製造をニューヨーク市内の工場で行っていた。現在の本拠地はナッシュビル近郊のラ・バーグにある。(ウィッキーより)』(日本へのミシン輸入は?『1854年にペリーが2度目の来航をしたときに、将軍家にミシンを送った、というものがもっとも古い記録である。この後、1860年にはジョン万次郎がアメリカからミシンを持ち帰っている。ちなみに、日本で最初にミシンを扱ったのは、天璋院だといわれている。ミシンが普及をはじめるのは明治期になってからである。初期は輸入のみで、修理などを通じて技術を取得した技術者によって、徐々に国内生産が開始された。最初の製造業者は、江戸時代までは大砲職人であった左口鉄造であるとされ、1881年に東京で開かれた第2回内国勧業博覧会に国産ミシン第1号として展示された。日本のミシン製造の量産は、1921年に創業したパイン裁縫機械製作所(旧シンガー日鋼)によってはじめられた。このころ(大正時代)から、日本でもミシンの量産がはじまった。ただし、量・質ともに、シンガーなどの輸入品にはかなわなかった。(ウィッキーさんありがとう)』
 歴史に興味がなければどうでもいいような知識ですね。欧米から資本主義と産業革命が輸入されたのが幕末から明治大正なのですが、そのひとつの象徴としてシンガー社のミシンという道具があったわけだね。古着屋的にはカリフォルニアの金鉱で稼いでいたというジョン万次郎がジーンズを穿いたのかどうか知りたいところ。



道具はさむ系

『はさむ』系の私の道具。中型小型編。使い方のわからないものあります。話がまったくまとまらず、どうもすいません(つづく)




あ、新装開店祝いにお花を贈ってくださった南同級生のみなさん、関西の大切なお客様やんさん、ありがとうございました。それから、いろいろと応援してくださったり励ましてくださったみなさま、あびよお客友だちのみんな、ホントにホントにありがとうございました。謹んで御礼申し上げます。みなさまのご来店、心よりお待ちしております。


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